ちょっと変な本好きなあの子は今
Posted by admin on 2017年11月12日子供の頃、近所で有名な本好き一家が引っ越してきました。空き家になった家屋に住んでいて、庭にはいつも扉が開いている大きな倉庫がありその中には大量の本が見えました。その家のお父さん・お母さんはいかにも本が好きそうな感じの真面目で聡明な顔立ちの人で、一人息子がいて、彼は私と同い年くらいでしたが眼鏡にザンギリ頭でキリッとした顔つきでなんとなく近寄りがたく思いました。公園や土手で一人本を読んでいる姿をよく見ましたし、地区のイベント事に参加している時はいつも本を片手に持っていました。なんの本を読んでいるのか気になって、聞いてみた事があるのですが「さ…かなとか、うみ」とボソボソっという返事に少しイラッとした思い出があります。泥まみれで遊んでいる私たちをどこか敬遠するような彼の冷めた目と、まだ小さな体に似合わない重厚な本のせいで、彼は明らかに地区の子供の群れから浮いていました。わんぱくで容赦ない子供の頃の私たちは「ヘンなやつ」とか「ガリ勉やろう」なんて言ってからかっていましたし、私も何も考えず「あの子ヘンだ」なんて思っていましたから、子供って残酷ですよね。その後突然一家は引っ越してしまったのです。私たちの中では、もしかしたら仲間はずれにしたからかななんて罪悪感を子供ながらに感じ、必死で忘れようとしてみんな不自然なほど彼の話を出さないでいました。でも彼の事なんて一か月も経てばみんなすっかり忘れて、忘れたまま私たちは大人になった訳です。
最近になって母から彼の話を聞いたところによると、彼は今海外在住のプロのサーファーで、大会に出場したりコーチ業に励んだりとサーフィンの世界で活躍しているそうです。青白い肌に暗い表情の、あの頃の姿からはサーフィンを乗り回している姿はまったく想像がつきません。母いわく、彼のお父さんは海洋研究家でお母さんも研究所の関係者だったんだとか。あの日のボソボソっと答えた彼が開いていた本に、魚が描かれていたのはそういう事だったんだと気づいても、時すでに遅し。かつてあの空き地にいた子供たちは、別々の道を歩む大人になったのです。